If ［ ... and maki ］

Ｉｆ

もしも誕生日に外食するとしたら？

＜　ご注意　＞
番外編ミニゲーム「誕生日、その後」のその後になります。
プレイ後の閲覧推奨です。未プレイの方はご注意ください。

　――まさかのハンバーガーだった。
　二月十日、通院先である病院からの帰り道、「ところで、何か誕生日に外で食べたい物はありますか？」という真紀の質問に、ためらいがちに返ってきた真人の答えがハンバーガーだった。
　しかし、ハンバーガー。されど、ハンバーガー。
　部活帰りにわいわい買い食いする分には楽しいし、それなりに美味しくもある。けれど、わざわざ誕生日のお祝いとして食べるとなると、なんだか少し違う気もした。
　何より、隣に並んで歩く真人の硬質な空気と、賑やかなファーストフードのイメージが、接触不良を起こしたように結びつかない。
「あ、もしかして、最近、学校の近くにできたカフェっぽい店のヤツですか？　ちょっと値段が高めで、アボガドとか野菜がたっぷり入ってる感じの」
「いや、たぶん違うと思うんだが……ほら、駅前なんかで見かけるだろう。赤一色の看板に、黄色い大きなアルファベットのＭが――」
「あ、大丈夫です。たぶん全国探しても知らない人はなかなかいないと思うんで、アレは」
　――まさかのマクドナルドだった。
　律儀に手ぶりで説明しようとした真人を遮り、真紀は「うーん」と首をひねる。
　もしかして質問する前にオゴリ宣言をしたせいだろうか。一つ年下である後輩の、いささか心許ない財布事情を気遣っての、苦渋の選択なのかもしれない。しかし、これではあまりに面目ない――と、珍しく渋面をつくった真紀に、真人はさらに複雑そうな顔つきをした。
「いや、別にどこでもかまわないんだ。ただ、子供の頃からよく見かけたし、一度でいいから、どんな食べ物か確かめてみたいと――」
「――…え、まさか、一度も入ったことがないんですか！？」
　ばっと振り向いて訊ねた真紀に、その勢いに怯んだ真人は、やや気圧されたように頷いた。
　その反応に、真紀はさらに眉をひそめて唇を噛む。確かに、世間にはファーストフードは体に悪いからと子供に禁じる親もいる。けれど、目の前のこの人の場合は――。
「……あの、まさかとは思うんですが、先輩って外食とかしたことあります？」
「コンビニは利用しているが」
「あ、そうか、あれも外食なんだ。じゃあ、レストランとかラーメン屋とか牛丼屋とか」
「………………………………ない」
　泣きそうになった。
「せめてロイホ行きましょう！　俺、財布の中身ぜんぶ出しますから！　むしろ今日を逃したらこの先どこで散財するんだって気分ですよ今！」
「……事故や病気の時じゃないのか？」
　困惑顔の真人からは、極めて真面目かつ堅実なツッコミが返ってきたが、ほとんど半泣きの真紀にしたって冗談抜きの大真面目だった。
　――しかし、落ち着いて考えれば、ここは当人の希望が最優先だろう。
　何より、「子供の頃から」と真人は言ったのだ。
　たぶん、小さな子供の頃から――もうすぐ十八歳になろうとしている今日まで、ずっと。
　――聞き流すことなど、できそうにない。
　しかし、一方の真人は、ふと考えこむ顔つきで眉をひそめると、やがて首を横に振った。
「――いや、すまない。やっぱり止めよう。食べきれないし、注文の仕方が合ってるか自信がない」
　反射的に「大丈夫ですよ！」と励ましそうになって、すんでに止めた。
　――人生初の外食で、マクドナルドの注文。
　ちょっと想像しただけで、昨日まで山で猪を捕っていたお爺さんが、孫の命が惜しければスタバで呪文を唱えろ、と脅されたくらいの緊張がみなぎってくる。
「それに――」
　物言いたげに口を開いて――結局、沈黙した真人の視線は、その左腕に注がれていた。
　正確には、肘から先が失われ、力なく垂れ下がったコートの左袖。
　――混雑した店内では、多かれ少なかれ、奇異の目にさらされるだろう、その空白を。
　途端、胸に針で突かれたような痛みを覚えて、真紀はひとつ息を吸った。
「わかりました。俺が買って来ますから、今から一緒に公園で食べましょう！」
　気がつくと、走り出すように口から声が飛び出していた。
　今にも消えそうな何かに必死に手をのばすような、そんな気持ちで。
「――…二月にか？　いや、それより僕の誕生日は」
　三日後だろう、と、訝しげに続けられようとした声を、とっさに遮る。
「ほら、晴れてるんで、熱い飲み物と一緒なら、なんとかギリギリ大丈夫じゃないかと。風もほとんど止んでますし。あと、それに――」
　誕生日でなくったって、これからはいつでも、先輩の食べたい時で大丈夫ですよ。
　声に力をこめて言うと、どこか困惑したような沈黙が返ってきた。
　途端、穴があったら入りたい気持ちに襲われる――けれど、それでも後悔はできそうになかった。
「とりあえず今から買ってくるんで、欲しいヤツを言ってください」
　言いながら、画面にメニューを表示したスマートフォンを、痩せた指に押しつける。
　――ひとつ、ため息を吐く間があった。
　直後、真人の口元に苦笑が滲む。
「わかった――頼む」
　画面に視線を落としたその顔が――微笑んでくれたように見えたのは、気のせいだろうか。
　はい、とつられたように笑って、真紀は頷く。
　そして、よく晴れた二月の陽射しに目を細めながら――この人から頼み事をされるのは初めてかもしれないと、そう気がついた。